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- 2024年9月11日
少しひねくれた、誕生日をめぐる大人の物語。【前編】
今年7月に新刊『魔女のカレンダー』を刊行された万城目学さん。「GIFT STORY−Birthday−」と名付けられたシリーズの第一弾である本書は、誕生日プレゼントに特化したユニークな作品です。苦心されたという創作の裏側や、作中でカレンダーや算数を使った意外な理由を伺いました。
『魔女のカレンダー』はどんなきっかけで生まれたお話ですか?
誰かにプレゼントするための本という企画自体は以前から聞いていましたが、「誕生日を迎えた方に向けたお話」という具体的な内容を教えてもらったとき、まず難しいなあと思いました。僕はもう自分の誕生日が特別に感じられなくなってしまったから、「誕生日のお祝いと言っても、ピンと来ないところがありますね」とひねくれた応答をしていて。ちょうど本の詳細を教えてもらったのが、12月の直木賞ノミネートの打診があった日でした。そのとき、打ち合せしていたお店で、横に座っていたカップルの誕生日祝いだったんでしょうね、サプライズ風に店員さんがケーキを持ってきたんです。ケーキの上で花火がパチパチしていて、それを見ていたら、こんなふうに祝ってもらったらうれしいよな、と素直に思えて。僕みたいに自分の誕生日に何の感情も湧かなくなってしまった人間が、誰かに祝ってもらって素直にうれしいと感じる話がいいなと思いつきました。
あの場でそこまで考えて下さったんですね! 主人公は39歳の男性という設定ですが、この年齢にされたのには何か理由がありますか。
男に関しては、自分の誕生日に関心がなくなるのは35歳以降だと思うんですよ。むしろ歳をとったことを残念だと思うような……。
誕生日がテーマの作品でも、何かを贈られたとして、そこから仏頂面の人間の内面に急な変化が起きるというストーリーはどこかウソくさくて。心と心が触れ合う物語になるのはいいんですが、分かりやすく「ええ人」の話になるのはちょっとなあという気持ちもありました。そこで、何かしら変化球がほしいということから、作中で算数の問題を登場させました。少しひねくれた切り口になりましたが、カレンダーや算数という要素が入ることによって、作者自身のストレートな物語にすることへの照れを隠している気もします。主人公が本を開くとボタンが出てくるという展開は、「クイズ!脳ベルSHOW」というテレビ番組に出た経験が影響しています。早押しクイズ用のあのボタンがいきなり目の前に現れたら面白いなと思ったんですよね。枚数が短い分、全部に仕掛けがあった方がいいかと思って、自分の中にあった使えそうな要素を余すところなく使ってみました。
今回は普段小説を読み慣れていない方でも読みやすいようにということで、短篇の中でも短めの枚数(400字詰原稿用紙30枚)でご依頼しました。実際お書きになってみていかがでしたか。
30枚だと、とにかく早く話を進めていかないと収まらない。冒頭から物語をいきなり始めないと間に合わないので、とても難しかったです。普段は調子がいいと1日で原稿用紙5枚位書けるので1週間あったら30枚書けるはずなんですが、直木賞の受賞を挟んだこともあり、結局1ヶ月くらいかかりました。2023年の年末くらいから書き始めて、年明けも書いて、カレンダーを入れてどう展開させるかでまた悩み……。普通の短篇の半分の枚数だから工数も半分でいいかというと、そうではなくて。結局材料を集める時間、それを話に落としこむ時間とか、かかった時間を考えると、他の短篇と一緒でしたね。
主人公は、最初電車に乗っていますが、そこから祖母が暮らしていた海辺の街へと移動します。場面転換がとても滑らかに進んでいくところと、海辺の風景の描写が印象に残りました。
僕の作品では大体、移動シーンは主人公が置かれた状況を整理するために使うんです。それまで登場した、ややこしい情報をいったん整理しつつ風景を描くと、移動シーンが退屈にならないで済む。風景だけを書いても読み飛ばされちゃいますから。
海沿いの風景を登場させたのは昨年4月に長崎を旅行した時の影響かもしれません。そのときに乗った島原鉄道は雲仙普賢岳を中央に置くように、海沿いに外周をひたすら回っていきます。ほぼワンマンカーのような小さな電車で、無人駅もあって。ずっと海を見ながら乗っていました。海沿いの町のひなびたイメージもまだ記憶が新しいので、無理なく書くことができましたね。
(後編に続く)
photo YUKO NAKAMURA
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2024/07/20発売
魔女のカレンダー