
- インタビュー
- 2025年2月11日
性別も年齢も越えて、誰にも届く物語を(後編)
三浦しをんさんが誕生日のプレゼントのために書き下ろした新刊『緑の鳥』。作品に込めた思いや、普段の創作のスタイルについてお聞きしました。本当は暗い話の方がお好きとか?
photo YUKO NAKAMURA
photo KOBAYASHI
――この物語の世界では料理は野蛮な行為ということとなっていて、肉や魚は分子レベルで合成されるが、野菜や植物は生のものが出てきます。しをんさんの、植物への愛を感じました。
今でも、野菜は工場で、日照時間などを管理して育てているものもある。だから野菜を作るのは、それが早くて作りやすいのではないかと考えました。でも動物、たとえば牛は、育てるのに時間も手間もかかるので合成で、ということにしました。あと書いていて、やはり植物はこの世界にもあってほしいと思っちゃったんです。もちろん本当は動物もいてほしいんだけれど。
――合理性を追求する社会だと、動物性たんぱく質は合成で、野菜は工場で、ということになったんですね。でも、植物があって正直ほっとするところもありました。植物がなくてつるんとした建物ばかりの世界だと、自分はあまり行きたくないかも、と思ってしまいました。
鉢植えがいっぱい置いてある喫茶店が出てきますが、植物はこの世界ではもはや、好きな人だけが育てる、ぜいたく品なのかもしれませんね。
――二人の出会いは宇宙船。その目的地であるシリウスαという別の天体で、フミが空中を漂ってワンがそれを引っ張り、漂いながら抱き合う、美しいシーンです。でもフミは船酔いですぐにゲロ吐いちゃいます。
台無しですよね(笑)。

――でも、ゲロがいやな感じがしないのが不思議です。
酔っ払ってゲロ吐いたひとが、いやがらずに優しく介抱してもらったのをきっかけに付き合うとか、けっこう聞きますよね。同居した後でも、他の人には見せない部分も油断して、一緒に暮らす人には見せてしまう、ということもある。でもそれで気を遣わなくても大丈夫なことが分かって絆が深まったり。ワンは優しいし、宇宙船の有能な乗組員だから、ゲロぐらいではビクともしないんですな。
――そしてフミはコールドスリープを使ってワンと生きることを選ぶわけですが、一回寝て起きると、知ってる人はもうみんないなくなっていて、結局この二人にはお互いしかいない。究極に美しくもあるし残酷でもあります。
残酷で、息苦しいですよね。二人は二人だけでずっと生きていくしかない。愛をはじめとするあらゆる感情は、所詮は脳内の電気信号から生じる幻想ですよ。でも、その電気信号だけが大事な支えで、二人は一緒にいたいと思っている。
――タイトルは最初に思いつかれました?
はい、緑の鳥が出てくるから「緑の鳥」でよかろうと(笑)。あと、どこか希望が感じられるようなタイトルにしたかったので。
――やはり自然の中の鳥を思い浮かべます。
舞台は無機質なコロニーですが。「青い鳥」ではないけれど、悪い存在ではない感じですよね。

――そもそも、小説のタイトルは早めに決めるのですか?
その時々ですね。連載の場合は先になんとかひねり出しますが、短編や書き下ろしは、書いてみないと分からないケースが多いかもしれません。先にタイトルが浮かんで、それに合う話、という発想をする作家さんもいらっしゃいますが、私はそれはほぼありませんね。
――よく、「お仕事小説の名手」と言われますが。
自分では全然そうは思っていなくて、もうお仕事小説はやめようと思うのですが、興味を抱ける仕事があるとつい書いてしまいますね。
――しをんさんのお仕事小説は、明るくて、読者にもいろいろ発見があります。
そう言っていただけると嬉しい。ただ自分では本当は暗い話の方が上手いと思っているんです。私は根暗だし、暗くて残酷なことばかり考えてるし。暗い小説を書くのはエネルギーがいるので、特に連載などでは難しいのですが、短編は暗いものが多いのではと思っています。
――最後に、しをんさんから『緑の鳥』の読者に向けてメッセージを。
この小説は、我ながらよく書けたと思うんですよ。自画自賛(笑)。想像の余地も残せたし、楽しくてちょっと切ない話に出来たと思います。贈り物としてもぴったりですが、ご自分へのプレゼントとして、お仕事終わって一段落した夜などに、静かな時間をお楽しみいただけるものになったと自負しています。装幀もきれいでかわいいし、ぜひお買い求めいただければ幸いです。それで気に入っていただけたら、もう一冊買って、誰かへのプレゼントにする、そんな形で広まればと……。強欲(笑)。大事な人にこの本をプレゼントしたいな、と思っていただけたらとても嬉しいですし、そうなってほしいなと願って書きました。
――ありがとうございました。
関連情報
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2024/12/18発売
緑の鳥